『はじめての福島学』の感想で
本旨ではなく論じ方についてあれこれ思ったのは
「郡山コミュニティーラジオ・ココラジ」で録音放送された
第5回市民科学者国際会議・2日目の講演 で
岡山大学の津田敏秀先生が
主に放射線を研究する科学者間での情報交流や精査について
「説得や弁論を成り立たせるにはどのような要件が必要か」
ということについて語るのを聞いたところだったから
師曰く、
アリストテレスの哲学によれば
エートス(聞き手が論者にある印象をもつ)
パトス(聞き手の感情が動かされる)
ロゴス(証明による説得)
が必要であると
ロゴス=データーを用いることは必須であるとしても、それだけではない、
という点で、「自分も磨いていかなければなりません」と
笑いを誘っておられたのが印象的で
私も気をつけよ~(/_;) と思いつつ
こんなにも違和感をもたらした今回の開沼博さんの手法はどうだろうか?
と考えずにはいられなかったのでした
あわせて思い浮かべるのは語り上手な方々のこと
開沼さんが『はじめての福島学』で示したような
データにもとずく「事実」プラスアルファについて
私はこちらの生協「あいコープ」を通じて教わることが多いのですが
それはとても穏やかな、対話を交えてのもので
私が発する疑問ひとつひとつに丁寧に、現段階での解、として答えをいただき
その対話がこれからも継続される環境にある、ということが
この街で暮らす上での最大のラッキーであり、
安心感をもたらしてくれるものだと思うにつけ。。。
対話と語りの手法を精査することの重要性を考えずにはいられません
難しいけど
穏やかに、科学的に、建設的に
というのがいいなぁ
一冊の本から深まりました、のハナシでした(*´∀`*)
2015年11月10日火曜日
2015年11月8日日曜日
『はじめての福島学』
このひと、相当ウンザリしているんだろうな・・・
と思いながら
こういう文体・スタンスで書かざるをえないことが
今の福島(の人の発信)のひとつのカタチなのかな?
と思ったりしながら、主旨を見失わないよう努めました
『はじめての福島学』 開沼 博 著
特に前半、
「外野の声」の差し込み方が・・・ コレはなんなんだろう?
同調以外の「疑問」を持つことをためらわせるような
この本はどういう位置づけにあるんだろうか?と思って検索したら
「cakes」というサイトに著者と上野千鶴子さんの対談がありました
https://cakes.mu/posts/9323
↑無料登録では全部は読めないのですが、読めた部分だけでだいぶスッキリ
上野さんの指摘する所の
これで「福島学の看板を名乗ってもらっちゃまずいかもしれない」 以下、
「福島学」というからにはと期待したところへの肩透かし感
ほとんどが既存の県の統計データであること(これでは「福島県学」である)
「福島」or「フクシマ」の表記のこと
そして何より
「誰を読者ターゲットにして書いたの?」
という問い
著者としてはこれらの問いは全て「折り込み済み」とのことで
それぞれに解があり、ずいぶん理解の助けになりました
著者は、ネット上で交わされる悪質なデマや誤解、講演で直接投げかけられる批判や
バイアスがあるがゆえの対話の届かなさから
「福島への誤解と、誤解がはびこっている状況そのもの」を「仮想敵」として
ひとつには「デマゴーグ」たちをターゲットにして書いているとのこと
はーーー 「仮想敵」に向けて書いていたのでしたか(*_*)
それで戦闘的な匂いぷんぷんなのですね
そういう執筆スタンスについて、私はやっぱり上野さん寄りで
理解を深めるための対話を生むために、
という本来の目的を遠ざけてしまうように感じて
疑問に思ってしまうのだけれど
開沼さんの考えは違うそうで
本書を「福島へのありがためいわく」な言動をする人たちに対する
釘さし・物申す場のひとつにしたかの様相
ただ、著書の後半では比較的穏やかなトーンになり
~「普通の人」に福島の問題を考える入り口を提示する~
ことが本書の目的である、とも書かれていたので (アレ?
困ったオーディエンスへの苛立ちが、冷静な執筆を削いだ感はぬぐえません
自分が暮らすこの地について理解を深めたいのとあわせて
新潟に居た頃の自分が読んだら?
福島にゆかりのない知人たちが読んだら?
などと思いながら読んだのですが
データの取り出し方について違和感のある部分もあったし
今回あえて「避難」「賠償」「除染」「原発」「放射線」「子どもたち」
という「ビッグワード」に頼ることを避けて福島を語る、という挑戦をされたということで
当然の結果ですが、コレが全てではない、という印象が先立ちました
それらの「ビッグワード」によって、
震災以前からある問題や、全国的に地方に共通する問題が正しく理解されず
福島県の本当の姿がわかりにくくなっていたり、無知・誤解によって
外の者が絡みにくくなっている、という指摘は全くその通りかもしれません
が、その禁じてのために、逆方向に、照射されない日陰が生じた感があること
(それも著者「折り込み済み」のようですが
を承知で読むのがよろしいかと思います
「福島」を漢字で書くか片仮名で書くかというところでは
(私は福島第一原発事故由来の社会問題を総じて指す時はカタカナ表記にしていますが
著者が今回あえて漢字表記にした意味を前述の上野千鶴子さんとの対談で理解するに・・・
原発・放射能問題のイメージ以外の部分について、正しく伝え直すことに特化した、
という意味で「フクシマ学」でなく「福島学」なのだと思えば
内容の偏りもコレでよいのかもしれない、と思います
ただ・・・
実際に現在の福島を語る上では
「ビッグワード」に代表されるテーマを避けるのは
無理があるのではないか、というのが実感です
まだまだ「ビッグワード」にまつわる部分で少なからず迷い、悩み
それぞれの立場での苦労・心労を振りはらいながら、努力を絞り出し
住まいや食生活や子育てを考え、今日を生きているひとたちがいる
それらの根底にある問題の実態に触れること無しに、この地を語れるのかな?
誤解や過剰反応やデマ、極論が混在していることの問題については
別のところで語られるべきで
(それこそ「フクシマ学」の一項目にできる事象かもしれません
「ビッグワード」を避けることなく、
むしろそれを前提条件として正面から捉え直した上で
そのために見えにくくなっている側面をいかに正確に露わにできるか、
という苦悩こそが「福島学」の一端だったりしないかな・・・
な~んて
いわき市ご出身で、積年のフィールドワーク等を通じて
震災前後の県内のことは誰に劣らずご存知のはずの著者の
意図あっての「はじめての福島学」のありようなので・・・
さしでがましくごめんなさいねーーー
今後の展開をなんとなく気にしつつ
今回の結論としましては
ボリュームと執筆エネルギーのさき方として・・・
やっぱ、前半、ダメでしょう (-"-)
というのが私の感想でした(。-_-。)
と思いながら
こういう文体・スタンスで書かざるをえないことが
今の福島(の人の発信)のひとつのカタチなのかな?
と思ったりしながら、主旨を見失わないよう努めました
『はじめての福島学』 開沼 博 著
特に前半、
「外野の声」の差し込み方が・・・ コレはなんなんだろう?
同調以外の「疑問」を持つことをためらわせるような
異論を投げかける者への戦闘モード・・・?
統計データを元に福島の現状を語るという本旨
じゃないところで疲れました
ラジオでお話を聞いた時はこういう印象ではなかったような~ と思いつつ
あまりにもあまりなので統計データを元に福島の現状を語るという本旨
じゃないところで疲れました
ラジオでお話を聞いた時はこういう印象ではなかったような~ と思いつつ
この本はどういう位置づけにあるんだろうか?と思って検索したら
「cakes」というサイトに著者と上野千鶴子さんの対談がありました
https://cakes.mu/posts/9323
↑無料登録では全部は読めないのですが、読めた部分だけでだいぶスッキリ
上野さんの指摘する所の
これで「福島学の看板を名乗ってもらっちゃまずいかもしれない」 以下、
「福島学」というからにはと期待したところへの肩透かし感
ほとんどが既存の県の統計データであること(これでは「福島県学」である)
「福島」or「フクシマ」の表記のこと
そして何より
「誰を読者ターゲットにして書いたの?」
という問い
著者としてはこれらの問いは全て「折り込み済み」とのことで
それぞれに解があり、ずいぶん理解の助けになりました
著者は、ネット上で交わされる悪質なデマや誤解、講演で直接投げかけられる批判や
バイアスがあるがゆえの対話の届かなさから
「福島への誤解と、誤解がはびこっている状況そのもの」を「仮想敵」として
ひとつには「デマゴーグ」たちをターゲットにして書いているとのこと
はーーー 「仮想敵」に向けて書いていたのでしたか(*_*)
それで戦闘的な匂いぷんぷんなのですね
そういう執筆スタンスについて、私はやっぱり上野さん寄りで
理解を深めるための対話を生むために、
という本来の目的を遠ざけてしまうように感じて
疑問に思ってしまうのだけれど
開沼さんの考えは違うそうで
本書を「福島へのありがためいわく」な言動をする人たちに対する
釘さし・物申す場のひとつにしたかの様相
ただ、著書の後半では比較的穏やかなトーンになり
~「普通の人」に福島の問題を考える入り口を提示する~
ことが本書の目的である、とも書かれていたので (アレ?
困ったオーディエンスへの苛立ちが、冷静な執筆を削いだ感はぬぐえません
自分が暮らすこの地について理解を深めたいのとあわせて
新潟に居た頃の自分が読んだら?
福島にゆかりのない知人たちが読んだら?
などと思いながら読んだのですが
データの取り出し方について違和感のある部分もあったし
今回あえて「避難」「賠償」「除染」「原発」「放射線」「子どもたち」
という「ビッグワード」に頼ることを避けて福島を語る、という挑戦をされたということで
当然の結果ですが、コレが全てではない、という印象が先立ちました
それらの「ビッグワード」によって、
震災以前からある問題や、全国的に地方に共通する問題が正しく理解されず
福島県の本当の姿がわかりにくくなっていたり、無知・誤解によって
外の者が絡みにくくなっている、という指摘は全くその通りかもしれません
が、その禁じてのために、逆方向に、照射されない日陰が生じた感があること
(それも著者「折り込み済み」のようですが
を承知で読むのがよろしいかと思います
「福島」を漢字で書くか片仮名で書くかというところでは
(私は福島第一原発事故由来の社会問題を総じて指す時はカタカナ表記にしていますが
著者が今回あえて漢字表記にした意味を前述の上野千鶴子さんとの対談で理解するに・・・
原発・放射能問題のイメージ以外の部分について、正しく伝え直すことに特化した、
という意味で「フクシマ学」でなく「福島学」なのだと思えば
内容の偏りもコレでよいのかもしれない、と思います
ただ・・・
実際に現在の福島を語る上では
「ビッグワード」に代表されるテーマを避けるのは
無理があるのではないか、というのが実感です
まだまだ「ビッグワード」にまつわる部分で少なからず迷い、悩み
それぞれの立場での苦労・心労を振りはらいながら、努力を絞り出し
住まいや食生活や子育てを考え、今日を生きているひとたちがいる
それらの根底にある問題の実態に触れること無しに、この地を語れるのかな?
誤解や過剰反応やデマ、極論が混在していることの問題については
別のところで語られるべきで
(それこそ「フクシマ学」の一項目にできる事象かもしれません
「ビッグワード」を避けることなく、
むしろそれを前提条件として正面から捉え直した上で
そのために見えにくくなっている側面をいかに正確に露わにできるか、
という苦悩こそが「福島学」の一端だったりしないかな・・・
な~んて
いわき市ご出身で、積年のフィールドワーク等を通じて
震災前後の県内のことは誰に劣らずご存知のはずの著者の
意図あっての「はじめての福島学」のありようなので・・・
さしでがましくごめんなさいねーーー
今後の展開をなんとなく気にしつつ
今回の結論としましては
ボリュームと執筆エネルギーのさき方として・・・
やっぱ、前半、ダメでしょう (-"-)
というのが私の感想でした(。-_-。)
しかしながら
そのウンザリな前半部分こそが
開沼さんの苦悩のカタチともいえます
ビッグワードを避けたところでやはり苦悩するという( ̄ー ̄)
ビッグワードに頼らない、というだけで
避けてなんかおらんねん!避けられへんねん!
と、言わずもがなで示してくださっているのだとしたら・・・
まわりくどい手法~(/_;)
周回遅れで了解ですけども(。-_-)
2015年11月6日金曜日
郡山の朝
日の出が遅くなってきて
私でも時どき朝日を拝めることがあります
この季節はマンションとも重ならずに見えるのね、と
1年を暮らしながら太陽の動きを覚えていきます
朝霧がたちこめはじめます
南西の山はもう少しすると朝日に照らされ
紅葉と相まって赤く映えます
その翌朝のこと
「タイヘンや、外、真っ白やで」
と起こされて見ると
おお、真っ白(*_*)
ココどこ?
ロンドン?
さらに次の日は
真向かいのマンションすら見えない霧でしたが
地上というか路上は上から見るのとは違って
それほど困る視野でもないのか、車も自転車も普通に走っていました
高速道路では速度制限が出されていたようです
いずれにせよ刻々と霧は晴れ
昼になるとすっかり快晴になるのでした
着々と秋が終わり
再び猛烈な西風におののく冬到来の気配です
そういえば上越・高田でも、新潟市・海寄りの町でも
霧に包まれた幻想的な日がありました
高田のは春先に雪解け水があたためられて
新潟市のは海水があたためられて、と
それぞれの地理地形を感じたものです
郡山は盆地だからか?と思いきや
県内各地、広域で霧ったようで・・・
県内の地形をおぼろげに思い浮かべ
またちょっとこの地に親しめた気分です
2015年10月22日木曜日
9.24②磐梯山(1819m)
やっとお山のお話です(*´∀`*)ゞ
この日は前日の快晴はどこへやら・・・
下り坂予報の曇天でした
(以下、画像いっぱい)
いろんなルートがある中で、比較的高低差がなく最短で登れるという
八方台登山口コース
登山口(標高1194m)付近は
落ち葉もあるもののまだまだ緑めいていましたが
上! なんか赤くない?? ↑(*´∀`*)↑
相方に 「 気のせいや( ̄ー ̄)フ 」 と諌められながらも期待いっぱい
温泉がぶくぶく湧いている辺りは有毒ガスに注意の看板
中の湯 跡
秋の宝石いっぱい
桧原湖~吾妻連峰~安達太良連峰
しばしば眺めのいいポイントがあって飽きない
景色も登山道のバリエーションもいろいろ
迫力の岩ゴツゴツゾーン
登るにつれて紅葉
どの写真も光が足りなくて、画像処理すると極端な色になってしまうけれど・・・
でもワリとこんな感じ
日本のエーデルワイス、ウスユキソウ
ガレ場を登って茂みを抜けたと思ったら・・・
不意に山頂広場到着☆
もうひといき登ると本当の頂き(?)の祠
うはーーーー(*´∀`*)
という感動も凍える寒さと強風(>_<)
親切な案内書きによると、山頂広場(?)から少し降りたところが
紅葉の絶景ポイント・・・
紅葉の絶景ポイント・・・
だあ! \(*´∀`*)/
猪苗代湖方面
晴れたらスゴイね!
真っ赤なジュータンの斜面を
雲が立ち上って来ては抜けていく
あの高くて平らな頂きは麗しの飯豊山かな・・・
山頂小屋の陰でおにぎりを食べるも・・・ 寒すぎっ(>_<)凍えるっ(>_<)
でも食べておかないと体温上がらないっ(>_<)
ふと見上げれば例の強風の祠付近に座って見える外国人トレッカーさん
半袖なんですけどね(-"-)ゞ どういう肉体構造の違いなんだか・・・
ともかく我々はいそいそと下山
下りは弘法清水小屋(入らなかったけどカワイイ☆) 経由、お花畑ルート
ガスってて残念だけど
ココ、なんかいい(*´∀`*)
ヤマハハコ
花いっぱいの時期にも来てみたい
楽しかった~☆
晴れた日にまた登りたい
磐梯山 1816.3M
この日のお酒はもちろん
麓の町で買った磐梯山
2015年10月21日水曜日
9.24①山・・・の前のいろいろ
最近のお宿は朝食の工夫に余念がなくて感心しきり
シェフがその場でオムレツを焼いてくれるお宿とかね
素泊まりにすることも多いけれど、この日は山へ行くのでしっかり食べます
こちらはセルフのホットサンドプレスがありました
シェフがその場でオムレツを焼いてくれるお宿とかね
素泊まりにすることも多いけれど、この日は山へ行くのでしっかり食べます
こちらはセルフのホットサンドプレスがありました
もちろんやります (。-_-。)
コムハニーというのも初めていただきました
手描きのポップが大変よいです
ナイフで切り取っていただきます、 テンションちょっと上がります
一番美味しかったのは、会津の郷土料理「こづゆ」
干し貝柱の旨味がしっかりきいた上品な薄味がおいし~☆☆☆
「小法師」柄の茶碗をむりやり写し込みました(。-_-)
年季が入った建物ではしばしば
ウキっとするようなかっこいいデザインに出逢います
メインストリートは祭りの後片付け
あ☆ トッキッキ !
工事現場の柵のコレ↑
新潟県内ではいつの間にか、なにかしらのキャラクターがついているのが
あたりまえになった気がしますが・・・
例えば、おさる・カエル・きりん・たぬき・・・
たまにキティーちゃん、海辺ではイルカだったり
「きつねの嫁入り」で有名な津川ではキツネキャラだったのが感動的でした
でもね、福島県内ではあまり見ないのですヨ
どこかで「建設くん」(?)みたいなのを一度見かけたくらい
片手でパイプを担いでいるナイスなデザインでした
それがココにきて トッキッキ!
さすが新潟に近いね(b^-゜) と思いつつ
会津の皆さんはコレがなんのデザインかわかっているのだろうか・・・
とちょっと心配になった瞬間でした
もとは新潟国体マスコット
今では新潟県の宣伝課長ですと(。-_-)
この柵は「単管バリケード」というのだとか
検索したらこんな記事がありました↓
山のお昼ご飯を買いに「道の駅ばんだい」
ここのハーブ屋さんのラインナップが素敵なのです
どれもいきいきとして元気なので
買うならこちらで、と思っています
道の駅「ばんげ」にも苗売りコーナーを出しておられます
お手洗いに行ったご主人のカバンを持って待つよい子
毛並みふわっふわ~(*´∀`*)
犬率高し、と思ったら駐車場横にドッグラン?がありました
なでたいのを我慢して(。-_-) さ~て お山へ!
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