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2016年4月25日月曜日

コレ、なあに?(追記あり)

お花見ネタを書く前に見かけてしまいました

これなあに?(T_T)

新潟県の放射能情報一覧
http://new.atmc.jp/pref.cgi?p=15

統合グラフ部分を拡大すると・・・↓

新潟県の放射線量統合グラフ
http://new.atmc.jp/prefs.cgi?pref=15&mode=

柏崎市だけ突出しています 
(他はほぼ一列、0メモリ付近に重なっています

2016年4月24日23:40  36μSv/h (@_@) って・・・

(その数値の意味、わかります?
  ワタシ、ちょっと前までは全くピンとこなかったのですけど、今は異常だってことだけわかります(>_<)

これ、なあに???

※4月26日追記
25日にアップした上記リンクページ↑は、時間が経つと変わってしまうだろうなと
本日確認しましたら、案の定、最新分のデータに変わっていて
私が見てほしかった内容ではなくなっていたので
週間データグラフで再確認しようとしましたら・・・

恐ろしいことに、そちらは10分刻みではなく1時間刻みのデータ表示なので
直近の柏崎市街地では、23日4時、9時と25日零時に「6μSv/h」台が表示されているのみ 
 (これでも平常時より相当高いと思いますけど

「24日23:40 36μSv/h」 は確認できません(@_@)

*************

このサイト↑は文科省の公式データをもとに作成していると書かれています

他の測定サイトではどうなっている?と検索してみると・・・

①原子力規制委員会 「放射線モニタリング情報」 や 

②新潟県 「環境放射線監視テレメータシステム」 が出てきますが


どちらもパッと見られる画面はリアルタイムの情報で、1分ごとに更新とか・・・
それもありがたいですけれど、
ずっとは見ていられないのでね、過去の分も
時系列グラフでパッと表示されているとありがたいのですけどね・・・

①の「放射線量測定データ」をダウンロードしてみたら
やはり  「柏崎市街地・24日23:40 36μSv/h」  と記録されていました

*******

これはいわゆる刈羽原発のベントとかなのですか? 

こういうの、しょっちゅうあることなのですか??

地元で話題になっていますか??

これくらい、たいしたことではないのですか???


※4月26日追記
①↑の記録はそのまま確認することができましたが
この原子力規制委員会のサイトで10分刻みの値が表示されるのは直近の「1日分」のみ
のようなので

トップ画面「エリア移動」のところから24日のデータを見に行っても
23:40の「36μSv」は確認できません
 
「1日分」以前のデータを10分刻みで見たい場合は
「放射線量測定データ」をダウンロードして見なくてはならないように思うのですが・・・

そんなのいちいちやってられませんぜ(-_-メ)

となるようにうまくできています
(もっとズムーズにデータを見るやり方もあるのでしょうか?



こうして、何もなかったことみたいにして
埋もれていくのね~~~(>_<)  と、今頃知ったしだいです 

刈羽原発は運転停止中ですが、
火災があったり、市民に知らされぬまま放射性物質を放出していたり

原発はいずこも、これまでもそうだったのだろうけれど
知らずに、知らされずに、きてしまったのだなぁ。。。

嗚呼、穏やかじゃない(-_-)



この春、最も、些末な思惑から解放されて滅私・嘆息のみに浸れたのは

悠久の時を生きてきたこの方の満開を
一目したときでした

樹齢推定1000年超 三春の滝桜




2016年4月23日土曜日

誰宛てなのか迷走

例によって
言葉を失い気味に過ごしておりましたが

裏を返せばやはり例のごとく
モヤモヤいっぱい、わからないことがいっぱい

こんがらがっているのをほどいたら・・・

長文になりました(T_T)
お付き合いくださる方、ありがとうです(*ノωノ) むぎゅー



甚大な被害にあわれた方々には掛ける言葉もなく
ただ胸を詰まらせながら、わずかばかりのできることをするほかないと思うのですが

有難くも変わらぬ日常をいただいている者にできることのひとつに
熊本の被災地情報以外にも目を見張っておくこと、があるような。。。

この混乱に紛れて
なにか気になることが進行していないかな?




徐々に震災以外のニュースも流れるようになり

国会の審議に気になる話題があったり
そちらに明るくないので情報を後追いするのでやっとですが

耳を疑うような福島の汚染水及び汚染土処理に関する話題があったりする中


喫緊の最大の関心事は稼働中の九州電力・川内原発


このたび情報が出るの、とても遅かったです

地震直後数日間のテレビはほぼ熊本の震災情報オンリー
(それを過剰・無用と言っているわけでは決してないです

余震の拡大で大分・福岡の被災状況もほんの少々映されましたが

ところで鹿児島は??? 

鹿児島県内のレポートは一度も見てないような
なんなら鹿児島県はほとんど揺れてない、
くらいの感じでしか目に入ってこなかったような。。。 

最大の被災地に報道が集中するのは今に始まったことではないけれど

こと原発に関しては、報道規制があるのか?
と思うしかない状態


NHKでは籾井会長が
「住民の不安をいたずらにかきたてないよう、公式発表をベースに」と指示したと
◆毎日新聞 4月23日 
http://mainichi.jp/articles/20160423/k00/00m/040/126000c

(追記)
「原発報道に識者見解、不安をかきたてる」 とも
◆朝日新聞 4月27日
http://www.asahi.com/articles/ASJ4V62ZQJ4VUCLV00S.html?ref=nmail

もう「報道」ではないね
「広報」と呼ばれてもやむをえない

忠実ですね(-_-) と思いつつ、福島第一原発事故の際に
政府がパニックを恐れて最も重要な情報を出さなかったことを思い出します

だからワタシ、有事における「公式発表」への信頼はありません
5年前と政権は変わりましたが特定秘密保護法という武器を手にしたとあればますます

政府の方針と姿勢を見るには役立ちます




この小さな国で
福島のような原発事故を二度と起こしてはならない、と日々思うにつけ
九州電力はじめ関係機関には最大限の慎重さを求めたいのだけれど

最寄りであれだけの「想定外」の地震が起きたというのに

「川内原発で想定外の事故が起きるとは判断していない」
                   by 原子力規制委員会・田中俊一委員長

って。。。 なんでそんなに尊大なんだろう


福島第一原発で最後の砦となったという「免震重要棟」も無く
 (東京電力の福島第一原発にこれを作るよう要請したのは新潟県の泉田知事
 (震災のわずか8か月前に完成したというから大いなる幸い

実効性ある避難計画も無く

あるのはただ人知の及ぶ範囲で作った「基準」だけなのに

備えても備えても、それでも起こりうる万が一、への備えをすることが
国民の生命と財産を守る上で最大の任務だと思うのだけれど

丸川原子力防災担当相はその責務を規制委員会の判断を盾に放棄した形だけど

田中委員長は常々「予防的に原発を止めるかどうかは政治的判断」
という立場


自分が被災するわけじゃないと思っているから?
また「予見できない想定外」でしたと言えば責任は問われないと思っているから?




即時停止することを求める市民団体の署名活動や文化人たちの申し入れのニュースや
◆東京新聞 4月17日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201604/CK2016041702000107.html

稼働停止しないことへの批判が論じられだした中、
止めないのではなく、もしや止められないのではないか?
という推論まであって、ぞっとしますが


鹿児島の人たちはどう思っているのかな・・・

恩恵を受けている方々には言えないこと、言いにくいことはあると思うけれど・・・

現地では大きな反対も混乱もないような体で伝わってきておりますが
本当にそうなのかな?

と思って検索すればようやくこういう報道を目にしたり

◆ニュースサイト HUNTER
http://hunter-investigate.jp/news/2016/04/post-864.html




川内原発の事故を予防し不安を取り除くことは、
熊本・大分の支援・復興にとっても重要であると
政府には考え直してほしいです

万が一事故が起これば・・・

避難できない住民が被害をこうむるだけでなく
現地支援者も、「買って応援」も、激減してしまうよ

助けたいのに助けに行けない無念な事態、
壊れてもいないのに帰れない家が、また、できてしまうよ。。。


無用に脅しているわけでなく。。。  

そもそもこんなことを言うような立場でもないし

誰に言っているのかわからなくなったけれど。。。 (/_;) 


どれだけ補償をもらっても、ふるさとは元には戻らない
(そもそも大半の人には生活再建に足りる補償などない

近隣都市部であれば避難するどころか被災者を迎え入れ
経済活動の継続と引き換えに低線量被ばくが身近な暮らしに甘んじなければならない
というのは、暮らしてみて痛感したこと

それでもみんながんばっているのも確かなこと
明るく、前向きに、あきらめず、投げ出さず、知恵と努力で復興してこられた

その陰に、たくさんの失ったもの、台無しになった人生がある

被災は、まだ全然終わってない


これが新潟・刈羽原発だったら、と常々考えます
我が長岡市・見附市が福島市・郡山市のようなことになる事態もありうると


鹿児島へも、全力で関心を向けたいです
こうして知人に宛てて話題にすることくらいしかできないとしても

報道の皆さま、どうぞよろしくお願いいたします




うっかり地面の写真ばかりになりそうでした

決してうつむきがちに歩いているわけではなく^ー^:
基本、空を眺めがちなので、真昼の月を見つけるの大得意

でも桜の頃は、天も地も、水面も風そよぐ野原も
みんなうつくしいのだもの

足元も見落とさないように
大忙し


次回こそは今年の花見の報告を
山行きました!花見しました!元気です!


2016年4月7日木曜日

春のつれづれ

帰省した幾日かのうちにあれよあれよと春がやってきた
花見などには出かけたりせぬまま
郡山に戻ればこちらもまたすっかり桜が咲き出していて、眺め一変

ちょっと焦る


それにしても曇天

今年の春は気ぜわしさだけで
あまりこころ浮き立たないのはどうしたことか

と問いかけてみるも、ほんとうは理由などわかっている

いまひとつな父の容体に加えて


雪不足に
おしゃべり不足


海 不足でもあったのだなぁ。。。
カモメの声までもが恋しくて深呼吸 


海を吸う

青空を吸う

肉と野菜は足りています(。-_-)  お魚は連日食べさせてもらいました
しかし、あーーー 山菜は不足 

春なのに
山にも行っていない


無いものを数えるのはいい趣味ではないけれど
満ち足りている時には思い至らないこともある


避難のためにふるさとを離れた人
帰るふるさとを失った人などは、どんな思いでそれぞれの地にいるだろう

自分とこの桜が一番うつくしい
と、ふるさと自慢をするのを微笑ましさだけで見ることができない


そこにきてハイ
相方のお休みがピンポイントで雨ときた(-"-)



それでもくじけず出かけます、福島市
凍えそうに寒くて、道路は水しぶきいっぱい、風情どころでなかったけれども
それでもまあよし

こころの中の青空フィルター通しちゃうもんね
ついでに映画観て、お気に入りのコーヒー屋さんとパン屋さんにも
行っちゃうもんね


ふたりだったらどこだって楽しめる


だけどもね。。。


コレだけはいただけない
更に上昇する前に退散


土あるところ、落ち葉あるところは、やはり線量が高い
ここは大きな祭りごともする(子どもたちも来るであろう)大事なお山

場所にもよるし
福島全体がキケンだとかそんなことを言いたいわけでは決してない
 (福島県内には新潟市の前の住まいより低いところもいっぱいある

この数値をどう捉えるか、についての見解は個々人で異なると思う 
原発事故から5年経って、随分下がったのだと言う人もいると思う

「数字」への慣れというのは私にもある
自分のいる場所への肯定反応(?安全だと思いたいという心理?)なのかなと思う


ただ、これは私にとっては、この程度はやむをえない、という数値ではない
こういう数値を日常のレジャーの中で見ることに疑問を感じていたい


それでも生活はする
元気に暮らすすべはある
信頼できる食品は手に入るし、なるべくこの地を楽しもうと思っている
(そういう話ももっと書いたほうがよいね~

だけどもよ

日々聞こえてくる避難指示解除のことを思う


アスファルトの道路の縁だけ除染して
敷地だけ除染して
ずっと屋外にいるわけでもあるまいし
屋内はさらに低いからいいだろうとか

暮らしって
そういうことじゃないでしょう
ってことを、こういう時に思い出す

とりわけ豊かな野山の自然とともに生きてきた人たちは
庭だけじゃなくて、茂みにも林にも入るでしょう
そこのものをありがたい恵みとして食べてきたでしょう
座ったり、土や草にまみれたり
子どもたちとも連れだって遊び、分かち合って人生を慈しむでしょう

何より贅沢で幸福で当たり前なそれらの営みが、奪われたのだということを
政治家や電力会社はどう思っているのか

取り返しのつかないことをした、と思ってくれているならまだいいとする

けれどどう思って現段階で避難指示解除をしたり再稼働を進めたり
その判断基準を決めているのか

東電は巨額を投じて安全アピールのCMを流している場合なのか
(是が非でも再稼働させたい刈羽原発のある新潟県内にだけ

住民の反発を受けて森林も除染すると言い出した
だけど本当に大地の除染などできると思っているんだろうか
作業員に延々と被ばくをさせながら
汚染土の行き場もないのに

混ぜて薄めて広げるの?


隣国の核実験の影響にシビアになる以上に
もっと自国の恥ずべき垂れ流しに向き合ってくれないか


この地で美しい自然や豊かなる営みに出会えば出会うほど
私は憤ってしまって思いのやり場に困るのです



実家近くで久々に見た気がしたつくしんぼ



そうそう、春の景色ってこうだった



近くの神社の桜が咲きはじめたころ
庭で満開だった梅が散りだして


郡山に戻る日に花桃が一輪咲きました

福島県の三春町は春に梅・桃・桜が一度に咲くから三春
というのだとか

桜前線があちらとほぼ一緒の我がふるさとも
ほぼ三春


春爛漫

こころおきなく土に親しみながら
日ごとに芽吹き花開いていくのを愛でさせてもらいました


2015年12月15日火曜日

『民主主義ってなんだ?』

高橋源一郎×SEALDs

この1年の終わりに読めてよかった1冊


高橋源一郎さんはやはり対話を大切にするひとで
言葉には希望が託されていて

好きだなぁ。。。。

どこかに向かって生きているなら
私もそんなふうに生きていたい


終わりは始まりで
歴史も課題も全てが継続していくことなのだけど

少しだけ、もやもやが整理されたような

光の指し示す先を感じながら一年を締めくくれること
幾らかの手がかりを持ちながら新しい一年に向かって行けること

現状を楽観視しているわけでもないのだけれど
なんだかうれしい

その気持ちを大事にしよう


現・安倍政権になってからというもの
私の中でも「民主主義ってなんだ??」の問いが芽生え
前ブログでは頭の整理に、思いついたままを書きつらねずにおれませんでしたが・・・
読み返すとお恥ずかしい限り(。-_-)

一方こちらの本はスゴイです

「民主主義」を2500年前の古代ギリシャまで遡り 
歴史や哲学や社会学や政治学や・・・
ちゃんと学問を踏まえた上で現代に照らし合わせた見解であり
学ぶだけでなく民主主義を実践として行動している面々(そこが重要だと思う)
による対談です

民主主義と、立憲主義と、デモクラシーと・・・
イデオロギーなのか制度なのか・・・
至るところ咀嚼しきれないので解説はいたしません

学生たち、すごいな~~
学問て、こんなふうにしたら愉しいんだね~
というひくーい次元でも感動してごめんなさい

でもね、最後の方にいい言葉が引用されていました

「無知とはモノを知らないことではない、
疑問を発せられない状況のことだ」 by.フランツ・ファノン


疑問を持てたら 始まり、ってことで(。-_-。)


とはいえ、いきなりソクラテスもプラトンもアリストテレスも
読めそうにないので
次は源一郎センセイの『僕らの民主主義なんだぜ』を
読むといたします



「実践」としては、今の私にとっては
これを書けることが民主主義かな・・・

この本や政治について語り合える人は
こちらに来てからは家族以外にはまだいない

新潟時代には、いたんだなぁ・・・ 
同世代で語り合えるひとたちが
あの出会いは奇跡みたいだった
どこにでもあるわけじゃない

あ、でも郡山でもおひとり!
「どんな本、読むんですか?今、何読んでますか?」って聞いて下さって・・・
「高橋源一郎さんの・・・*^-^*」って言うことのできた方が☆

他のひとだったら、違う答えをしたかもしれない
・・・ナチュラルクリーニングの本、とか?

それも関心事項には違いないのだけど
もっと気になっているのは世のこと政治のことなんです~
とはそうそう言えない(。-_-)

「面白任務」関係のその方は
原発や放射能のことなどもストレートにお尋ねできるひと

やっぱり、奇跡じゃないのかもしれない
求めれば出会えるものなのかもしれない

と思いなおす

2015年11月10日火曜日

伝えることの難しさ

『はじめての福島学』の感想で
本旨ではなく論じ方についてあれこれ思ったのは

「郡山コミュニティーラジオ・ココラジ」で録音放送された
第5回市民科学者国際会議・2日目の講演 

岡山大学の津田敏秀先生が
主に放射線を研究する科学者間での情報交流や精査について
「説得や弁論を成り立たせるにはどのような要件が必要か」
ということについて語るのを聞いたところだったから

師曰く、

アリストテレスの哲学によれば
エートス(聞き手が論者にある印象をもつ)
パトス(聞き手の感情が動かされる)
ロゴス(証明による説得)
が必要であると

ロゴス=データーを用いることは必須であるとしても、それだけではない、
という点で、「自分も磨いていかなければなりません」と
笑いを誘っておられたのが印象的で

私も気をつけよ~(/_;) と思いつつ
こんなにも違和感をもたらした今回の開沼博さんの手法はどうだろうか?
と考えずにはいられなかったのでした


あわせて思い浮かべるのは語り上手な方々のこと

開沼さんが『はじめての福島学』で示したような
データにもとずく「事実」プラスアルファについて
私はこちらの生協「あいコープ」を通じて教わることが多いのですが

それはとても穏やかな、対話を交えてのもので
私が発する疑問ひとつひとつに丁寧に、現段階での解、として答えをいただき

その対話がこれからも継続される環境にある、ということが
この街で暮らす上での最大のラッキーであり、
安心感をもたらしてくれるものだと思うにつけ。。。

対話と語りの手法を精査することの重要性を考えずにはいられません


難しいけど

穏やかに、科学的に、建設的に
というのがいいなぁ


一冊の本から深まりました、のハナシでした(*´∀`*)


2015年2月27日金曜日

報道現場からの警鐘

飯館村の「までい」について検索していたら
NHKの大越健介キャスターが「ニュースウォッチナイン」の番組HP内コラム
「大越健介の現代(いま)をみる」 に書いておられた記事も見つけました

前回のトピックス「までぃ」の中で紹介した
「マガジン9」のどん・わんたろうさんのコラムより2ヵ月ほど前の日付、
震災の年の6月に書かれたもの

◆大越健介 「『までい』の村が」
http://www9.nhk.or.jp/nw9-okoshi-blog/100/86554.html


コラムの締めくくりはニュースキャスターらしく
当時の政権・民主党の対応に絡めてあって、確かにそれらは
大越さんご指摘の通り、決して褒められたものではなかったと思うけれど・・・

当時から私の関心は、そもそも長きにわたる自民党政権が
作りものの「安全神話」と利権のもとに推進してきた原発、の事故を
自民党だったらどう対応するのか?
同じ状況の中で一体何ができたか?してくれたか? ということの方でした

民主党はそれらの失策もあって再び政権は自民党に戻ったけれど
どうですか?原発対応
わかっちゃいたけど・・・ 期待なんかしてなかったけど・・・
ガックリ、というだけならまだしも・・・ 大きく恐怖

東電への責任追及も復興の方向性も疑問はいっぱいだけど、更には
再稼働を目指そうとするのみならず、自分たちで始末をつけられないものを
経済のために海外輸出するという
その為に研修施設として稼働した原発が国内に必要で
再稼働ありきの審査を進める
って・・・
一体、何が大事なんだろう??現状認識と優先順位がおかしくないか???
自民党のこれらの政策をこそ、どうして世論はもっと議論しないんだろう?


なんでだろう? 

シリアでの人質事件以降ますます
現政権を批判しない、できない、流れができているというのは
日本の報道環境は、これまで以上に深刻になっている模様

◆例えば、「週刊金曜日ニュース」
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=5015


報道規制、統制、発言・表現の自粛・・・
今や自粛どころか、批判する者を吊るしあげ→仕事干される→他のひとも黙る

そうして読者・視聴者が得ることのできる情報は限定されていくらしい

出来事とあわせて多様な問題提起があることで、
私たちはニュースを掘り下げることができる
(ネットや書籍や広告に頼らない報道雑誌の中には
(多方面から切り込んだ議論や幅広い情報を見つけられる
(根気よく発信してくれているひとたちはたくさんいる

でも多くのひとが無理なく見聞きできる媒体(テレビをはじめとするマスメディア)が
総ならえで権力に都合のよい情報や発言しか流さくなったら・・・

世論は議論を産むことなくあっけなく、どうにでもつくられてしまうのだろう

そういうひとたちの選挙行動が政権を決めてしまうのだろう


雀さえずる庭を見下ろしていた
このひとたちは
チャンスを多分)静かに激しく審議中
行く?(=-_-) マテ(-_-=)
おなかすいた(=>_<) もちょっとマテ(-"-=)


冒頭の大越健介キャスターの話に戻すと
安倍政権になっても原発事故に関する対応への疑問を投げかけ続けてくれた
大越キャスターが3月でニュースウォッチナインを降板、というのは衝撃でした

公共放送ではなく政権放送と化しつつあると危惧される局内で
本来の切れ味で活躍できないのならむしろ・・・ などと思いつつ
これまでの経験と実績を生かせる報道現場で引き続きご活躍いただきたいと
切に希望するのとあわせて

ニュースの取り上げ方を見比べるのによかった「報道ステーション」でも
朝日新聞・江村順一郎論説委員と、元経産省官僚・古賀茂明氏が
コメンテーターを降板するというのは・・・
残念という以上に・・・ 本当に恐怖


権力の監視と事実を伝えるという報道の使命に真摯に向き合うひと
表現の自由を守ろうとするひとたちは
今、ものすごく警鐘を鳴らしています



昨日今日は冬型で吹雪いたり激しく強風ですが
暖かい日にはあちこちで猫を見かけるようになりました


2015年2月2日月曜日

「100msv」

「年間か累積か」を意識しながら
そもそも「100ミリシーベルト」って?と調べたのですが。。。

もうね、私にはよくわからないです(-_-)

国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告などを探していくと
そもそもこの組織自体が問題視されていたり
内部被ばくの過小評価や基準値作成のあいまいさが内部告発されていたり

現状では国はその基準値を参考にするしかないようですが
専門家でも意見が分かれるくらい明らかになっていない部分
(低線量長期被爆についてなど)があることもわかり

断言できることは何も無い、ということかな~
というのがざっくりとした印象

それなのに決められたり、決断していかなくちゃいけないって。。。。

影響が「わからない」のはしかたないこと

わからないがゆえにより慎重に防護、の立場を
支持したいです



それにしても、年間か累積かに注目して読んでいると、記述にはバラツキがあって
なるほど、こういうふうにして話がごっちゃになっていくのね~ と
気をつけポイントを学びました

たまたま目についたサイトをあげると・・・ 

朝日新聞GLOBE では  (←太字のところリンクしてあります。以下同様
~内外のさまざまな規制のよりどころになっている国際放射線防護委員会(ICRP)は、累積で100ミリシーベルトの被爆をしたときに、致死性のがんが0.5%つまり、「1000人に5人」の確率で増えるとみる。

こちらはちゃんと論拠の源と「累積」の文字が記されています


中部電力のサイト では 
~一度に100ミリシーベルトを超える放射線を受けた場合、人体に影響がでます。
の後に
~100ミリシーベルト以下の放射線を受けた場合、人体への影響は確認されていません。

えーっと、こっちも「一度に」ということで、「累積」でも「年間」でもない
と読んでいいですかね?
(原爆などの瞬間最大被爆量の話では「一度に」でオッケーです

続く記述では「これまでの疫学調査によると」というざっくりした出処と、
「また、~ICRPの推計では100ミリシーベルトあたり生涯のがん死亡リスクが・・・」

そこ~! \(-_-メ)
年間ですか?累積ですか?一度に、ですか?

ココはかなり混同されうる記述だと思います
いち読者としては、これは「累積100msv」の話じゃないかな~? と思うのですが 
この記述では判断できません

前の話は「一度に」で、次は「年間」の話が出てくる中で
どうしてここだけあいまいなのかな??
「年間」か「累積」(生涯)の2文字を足すスペースは十分あるでしょうに

書いているひとも混同しているか、混同していないとすれば意図的にハズしているか
と思われますよ~(-_-)/


~線量によって重症度は変わりますが、がんや遺伝的影響(確率的影響)は、線量を下げても発生する可能性がゼロになることはありません。しかし、がんに関しては、100ミリシーベルト以下では、自然に発生するがんと区別できないといわれています。
そこで、できるだけ被ばく線量を下げるために、職業として放射線を扱う人は1年間で50ミリシーベルト以下、5年間で100ミリシーベルト以下、一般の人は1年間で1ミリシーベルト以下と線量限度が法律で定められています。


これはなかなか良心的な記述に思われます
前半はその前の記述から「一度に」の話であると理解できますし
線量を下げてもリスクがゼロになることはなく
影響についてわかっているのはがんに関してのみと

(癌になるというのは最悪な最終段階の話で
(それ以前・それ以外の影響は考慮されていないという指摘があります


記述のとおり法律では年間1ミリシーベルトと定められているにもかかわらず
緊急時だからやむをえないという判断で年20ミリシーベルトまで引き上げたことについては
先の中部電力のリンクしたページにもICRP由来の説明がありましたが
調べると更に諸説出てきます 

国でだれも責任を取らなくてすみ
除染も比較的低予算で収まる範囲
ていうものとか

真偽はわかりません

ただ、国や行政は疑念がいっぱいになってしまったこの状態で
いかに丁寧に誠実な回答をしていくかが問われているし
(現場の方々は本当に大変なご苦労です
私たちには、やはりお任せではない判断が求められるのでしょう


説明責任については、「風評」は風評ではない説(?)にも通ずることで
それはまた食べ物のことを書けた時にでも。。。
   これは更にムツカシイです(-_-)


はーー長かった!
読んでくださった方
ありがとうございます!<(_ _)>

私も早く次の楽しいことを書アップしたいんだよ~

2015年2月1日日曜日

年間なのか累積なのか

一番恐れていたこと
「二人が帰らぬひととなり 首相がメラメラとした発言をする」
彼らの無念や願いや今後の政府の対応や・・・様々な思いが逡巡するけれど
今日は今日できることを大切に
初めて行った珈琲豆屋さんでうれしかったことを心に刻む
ひとはささやかなことで誰かを笑顔にできたりもする


転居後ひと月が経ち、日常生活はひとまず落ち着きましたが

原発事故による放射能汚染の影響については常に懸念だし
復興施策、原発の廃炉、再稼働、海外輸出の動き等々
もっと知りたいと思っています

わからないことはたくさんあって
わからなさすぎたら極力選ばないで済むといいな、と思いながら
選ばざるを得ない立場や心情があること、あるいは全く別の価値観があることも
視野に入れておかなくてはと思います
選ぶための正しい情報を得られないケースがあることについても















「この程度なら問題ありません・大丈夫です」
と主張している方の本も読んでみました

その論説が批判されているのはあちこちで見かけていましたが
市内の小さな書店で一番目立つ位置に置かれていたりもして
それなら私も読んでみないとね

どんな主張からも学ぶところはあります
ほお と思うところもありました (いろんな意味で
この方に気持ちを救ってもらった方もいるでしょう

でも今日はそれらについて書きたいわけではなく

この著書内でも登場した、健康被害が出ると証明されているのは100ミリシーベルトから
という話について

あまりよく理解していなかった!ということを知ることのできた、こちらの記事↓が
今日の本題 

「みんな楽しくHappy♡ がいい♪」のサイトに紹介された河北新報社の記事
 http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4019.html

私も「年間」だと思ってたよーーーー\(◎o◎)/
「累積」と大違いだよーーーー\(◎o◎)/



いやはや。。。
こんな感じで日々、新たに知って衝撃を受けることがあります

「騙された」とは思いません
数字にヨワイとその数値だけで精一杯で
単位や前提条件等を見落としがちなのだと自覚させられます
誤認していることや理解不足は他にも多々あることでしょう(/_;) とほほー

だからまた知る努力をするわけです(。-_-)ちょびっとずつでも

書きながらあやふやなところを再確認しています
お付き合いくださる皆様、ありがとうです <(_ _)>


上記「みんな楽しく~」のサイトの方はスゴイです
最初に見かけたのは
気になったニュースを調べていた時に
その「文字起こし」があって

要約ではなく30分のインタビュー番組を
全文書き出し!

「要約」だと
私もですが書く人による編集が入るところ
丸ごとというのは受けて側にも判断がゆだねられ
これまた更に学ぶこととなります