2015年7月31日金曜日

ゴーヤ

梅雨の前に帰った折
毎年日よけに育てているゴーヤの種蒔きを仰せつかった


次に帰った時には
よく育ったものを残して間引いてくれと


梅雨の頃、だいぶ延びた苗を頼まれた数より1本2本、多く残したら
一緒に蒔いたふうせんかずらや朝顔と相まって
どのプランターもぎっしりになってしまったのを
依頼人が帰って見たらなんと言うだろう


夏が来て炎天下
未だ守り人不在の庭は
水不足にヨワルものと、深く根を張り動じないものと
引っこ抜かれる難を逃れて勢いを増すものと
蒔いてないのに延びるかぼちゃ
帰るたびに
生命力のドラマが土から離れて暮らす私を驚かせる


間引いたものの、投げ捨てるにしのびなかった苗は
郡山に連れて帰ることとなり
こちらにも不在時の気がかりを増やした

二人そろって不在になるお盆休みが問題



摘心も曖昧に、緑が育つのを愛でているので
食べられるほどの実りができるとは思えないのだけれど

日々蔓を延ばし、葉を色濃く茂らす姿が愛おしくて

毎日、ありがとう

と思う

果たして耐えてくれるか


2015年7月26日日曜日

郡山の空

時どき
郡山にいることが不思議に思える


決してネガティブな意味ではなく

今どこにいるんだっけ?
ああ、郡山だった・・・ と確認するような

人生はわからないものだなぁ・・・ と
少し離れたところから眺めているような感じで


朝に昼に
野鳥の声が美しい今の住まい

ようやく落ち着いてきたかと思いきや
にわかに新潟と行ったり来たりすることとなり

馴染みかけたものがまた新鮮なものに戻っていくような

実家には幾日かまとめて帰る分
上越や下越に住んでいた時よりも日数多くゆっくり滞在していることが
可笑しく思えたり

それが旅行鞄に入るだけの限られた衣類を洗いながら着回す
非日常の旅の中にあることも可笑しく思えたり

再び郡山に戻る時はまた、旅行のようでありながら
相方の待つ家が、自分にとってはどこにあろうと帰るべきホームであると

幾日かの不在で街への馴染み感が幾分薄れても
坂の向こうに我が家が見えれば帰り着けたと嬉しくて

ドアの向こうにはまた格別の郷愁を感じるという

なんとも不思議な感覚



こうして私はきっとどこのひとにもなれない

ということも今はネガティブには思わない

どこのひとでもないみたいな人生

至極光栄に頂戴し
ただただ堪能させていただくほかなし(。-_-。)



2015年7月18日土曜日

カルガモにっ

前を横切られた~~ ☆(*´∀`*)☆ 


駐車場から出ようとしたところ・・・ ん?!
前方にテケテケテケ・・・ と、カルガモ隊がいたのです

先頭の母ガモがこちらに気付いて止まると5羽の子ガモもピタリ

かわい~~~ (*´∀`*)

なのにこんな時に限ってデジカメを持ってないという不覚(>_<)
向こうに行ってしまうよ~(>_<)


車を止めて携帯電話のカメラズームをマックスに
急いでそ~っと追いかけてみると・・・


御一行イソイソテケテケと畑の茂みの中へ・・・

そこ、寝ぐらなの?
  それとも私から逃げてそこへ隠れたの?(-_-)

母ガモは前方しか気にしていない様子で
時々立ち止まっては首をのばして行く先を確認していたけれど・・・

後ろからは丸見えやったで~~( ´艸`)


近くの池や水路では見かけていましたが
まさか我が家の辺りまで行動範囲だったとは


前にアップしたのは5月に水路で見かけたファミリー
後日、子ガモが減っていてしょぼーん


春よりは茂みが増えて隠れやすいかな
飛べるようになるまで、がんばって育て~~


2015年7月1日水曜日

梅雨の晴れ間

5月の終わりから
ちょっとバタバタしておりました


5月31日
ここできもーち、ひと区切れ


道端にタコさんウインナー??


と思いきや、花殻を子どもさんが並べたのですって(*´∀`*)



6月18日


郡山市でも近年ゲリラ豪雨はあるそうですが
梅雨の雨脚は今のところ穏やかめ
この後も、ひどいことがないよう願いつつ

気温も低めの今のうちに
諸々整え、またこの先に備えましょう


6月29日


なーんて

濁してもお察しのよい皆様には
何事かピピピと浮かんでおられましょう(。-_-)

でも私本体のことではないのでご安心を?


6月24日


先日、父が手術しまして
このところ実家を行ったり来たり

開腹状況が想定より明るい展開だったことには少々安堵しましたが

「想定」がかなりシビアなものだったので
それに比べれば、ということだったり

実際に、年齢もね・・・ 
という現実もあり。。。


いつかは来ることを
この機に考えさせられ

これまであまり知らないで(学ばないで)きた方面のことを
にわかに読みあさったり、情報を求めたりして

術後の経過はなかなか快方に向かわず
安心しきれない状態が続いてはいるのですが

ひとまずの気持ちの収めどころは見つかったような


どんなに構えていても
実際に後戻りできないことに直面した時には動揺してしまうと思うのですが

まだ生きているのでね

全てを役立てていく所存です(。-_-。)



主治医からの説明に、喜びの方向をまだ戸惑いつつも
麻酔から目を覚ました父と話してから母と兄と

この日は梅雨とは思えないカラっとスカッとした快晴で
病棟を見上げれば月も浮かんで

こんな日に旅立ってはいかんよおとうさん

晴れわたる夕空に輝く太陽
( に間に合って帰途につける予定ではなかった日 )

これは、手術よくがんばりました
みんなへの労いと祝福だから



2015年6月3日水曜日

ビバ☆郡山の若者

「郡山のひとは優しい!」 と、ことあるごとに言っている私ですが
またまた感動する出来事がありました


コンタクトレンズを落としたのです

出張帰りの夫を車で迎えに行った駅前で

駐車場の車の中で待っておればよかったものの
夜の郡山駅なんてあまり行く機会もないのでフラリと出て
不意に横を見た瞬間、瞬きと共にパチリ と

Σ( ̄ロ ̄lll) ガーン

ハードレンズをはめたことの無い人にはイメージできないと思いますが
夜や、目を酷使してドライアイがちな時には
視線の向きによって不意にポロっと外れてしまうことがあるのです

やってもうた~~ (ll゚д゚)

踏んだら最後なので、立ちすくんだまま地面を見下ろす私・・・

ただの平面ならわりとあっさりと見つけられるのだけれど
よりによってそこはブロックタイルで、ミゾが有りぃの
キラキラしている素材が混じりぃの・・・ 
ジャリ道や、車が通る位置でなかったのは救いだけれど・・・

これは厳しい!という直感!嗚呼(>_<)

と、嘆ききってもいないわずか2分と経たないうちに
「何か落し物ですか?」と・・・ 天の声?

顔をあげれば若者二人
「ハイ・・・」
「コンタクトですか?」

なんとお察しのよい若者よ~~ ヽ(*゚∀゚*)ノ


それから頼まれずとも即座に彼らの地に這う捜索が始まり
ライトがついている携帯も頼もしく
間もなく夫も合流 こちらはペンライト
若者が待ち合わせていたらしきもう一人のご友人も加わってくれて
地に這うこと5名・・・

服についてないか、足の下にないか、とかいいながら
30分くらいは経ったのかな・・・

その間、通りすがりに心配の声を掛けてくれたサラリーマンさん
更に参加してくれた作業着の若い方
みんな仕事帰りだのに・・・ ありがとうです(>_<)

もうあきらめようか・・・
これじゃ運転できないけど・・・
 (夫は会議後の交流会ですでに飲んでるし
でもみんなも帰れないものね・・・

なーーーんて弱気になったその時

「あったっ!!」

おおおおーーーー\(◎o◎)/☆☆☆

巻き込んでいる方々に悪いなと弱腰になっている私達に構うことなく
探し続けてくれた若者が見つけてくれました☆☆☆


ほんとうにうれしかった
ありがたかった

声を掛けてくれて
諦めずに探してくれて

ほんとうに助かりました

諦めない、というのはこういうことなんだな。。。


みんなみんなありがとうです

郡山の若者たちに感激した夜
尽きない感謝と希望でいっぱいの夜でした


そして相方は
もうお迎えは頼まないと申しております

何をしでかすかわからない
と言われれば・・・
まあね( ̄ー ̄)ゞ

しょぼーん(._.)


2015年6月2日火曜日

エンディングラック




いろんなことが
イザ、本当に自分の身に起こってみないと
わからないもので

いつ何が起きてもいいように
なんて
時々は思っても
なかなか完璧にやりきれるわけもなく

事故や、災害や、ある日突然、なんてのでなく
少しの予告や猶予があったらいいな

なんて

勝手なお願いを
聞いてもらえた時には心底感謝しなくてはならない


猶予の中で
せめて平素にはしなかったようないくらかのことができたなら

ビギナーズラック じゃなくて・・・
なんて言ったらいいだろう

窮鼠猫を噛む でもなく (-_-)


エンディングラック 
なんて言葉があったらなら・・・

多分そんな感じ



だからぁ
追い込まれる前にしなさいってば(-"-)/ぺし

2015年5月21日木曜日

黙する修行

転居後の暮らしが落ち着いた3月頃がひとつの山場だったのですが
「おしゃべり不足」 を患いました

楽しいことがないわけでもないのに
このモヤモヤ感は何だろう? と思ったら・・・

ワタシ、おしゃべり不足!!\(◎o◎)/

溢れる感情や言葉を、放つことなくこんなにも飲み込んでいたのかと
それがこんなにもストレスになろうとは
驚きました



上越から新潟に転居した時とはまた違うのです
あの時は上越への恋しさが大き過ぎたし
暮らしの激変に予想以上にダメージを受けたとは思うけれど
そんなにいろいろなことを考えることもなく

何がしゃべりたいって、
笑えるようなたわいもないことばかりだったのだけれど・・・

郡山では
転居当初、ものすごーーーく考えなくてはならなくて・・・

それも確信の持てないような
正解の無いようなことばかりで・・・

ブログもそれなりに言葉を選んで書いていたので
本当に話したいことや問いかけたいことはやっぱり飲み込んでいて・・・

それらを口に出したかった

答えが欲しくてというよりも
私はひとまずこう思いますが貴方はどうですかと
対話することで確認したかったし掘り下げたかったし
考え違いなら指摘されたかったし
気付いてないことには気付きたかった

でも、誰に聞く? 誰に話す?

この街、唯一の友人と夫にばかり
不安とモヤモヤの解消につき合わせるわけにはいかない


こんな時いつも、そら屋があったらな、て思う

いろんな知恵者に上手に分散するんである( ´艸`)


でも、そうか、これが「黙する」ということかと
今は修行、と思って外を向かずに成すべきことを成せと
しばらく手元のことに専念したりもしたのだけれど・・・

キツかったな。。。

タチってものがあるよね
おしゃべりなヤツからおしゃべりを取ったら
やっぱりイケナイ

多分私だけじゃない
多くの女性はしゃべることで確認するし
自分の世界を保っている
女がかしましいのはしょうがない

ともかくしゃべりたかった

まずは放射能のことを


転居前に付け焼刃の情報で覚悟したことと
実際に暮らして日々食べ物を買う時の
気持ちのギャップたるや・・・

自分で自分がショックだった

スーパーの売り場で何を買うこともためらわれるような心境や
存分に深呼吸できないような息苦しさから
早く抜け出したかった

そんな気持ちを溜めてたら
やっぱダメだって

黙る訓練も少しは必要かもしれない
ちょっとは耐える努力もしてみた
自問したり文献を咀嚼して自力で答えを見つける力も大事だと思う

でも私は同じくらいかそれ以上に
しゃべれるひとと出会う方向に努力したいんだな。。。


半年が経とうとしている今
求めていた場に出会うことができ、大変ありがたい流れの中にいます

黙する修行、終了~(*´∀`*)


黙しながら何かを育てているらしき亀・・・
えらいな(。-_-) 


画像上2枚は3月中旬の新潟市西区の辺り
作付準備の整った海岸沿いの丘陵地帯
美味しいスイカの産地ということもあって( ´艸`)
ウキウキする大好きなエリア

下3枚は昨年に続き行くことのできた笠間の陶炎祭
追ってレポート・・・ できるかな~?(^-^: